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社長の若目田です。

東海エイチアール株式会社は、「人材事業を軸に、令和時代の東海地域の新産業創出を加速させる。」をミッションとして、2019年7月に設立された会社です。若手スキル人材・事業者活用サービス「TOKAI HR」を中心にHR関連事業を展開しています。

この記事では、同社を創業するに至ったエピソードを書いていきます。一緒に仕事をしたいと考えている方にはぜひご一読いただきたいです。

初めて踏み込んだ商売起業の世界

ちょっと長いかもしれませんが、自分の経歴について書かせてください。

私は、田園風景の広がる栃木県の小さな集落で生まれ、高校までは野球漬けの日々を送っていました。

大学の進学ではじめて名古屋に出てきた自分にとって、名古屋は都会の刺激に溢れていました。何でも揃っているこの街で、中でも一番に楽しいなと感じたのは、「アルバイト情報サイトを見て、応募すること」です。

どこもかしこもアルバイトを募集しているのが嬉しくて、スポーツクラブのトレーナーや事務職、ビルの掃除など、手当り次第応募してはかけもちで仕事していました。

自分がはじめて商売の世界に足を踏み入れたのは、20歳のとき。食品系営業会社での、お取り寄せ菓子の法人/個人向け訪問営業の仕事です。

いわゆるフルコミッション制の営業で、毎日ヘトヘトになるまで売りまわって大変でしたが、「売った分だけ報酬が入る」仕組みがシンプルで楽しくて、今まで楽しいと感じていた仕事がより楽しくなる体験でした。

タイで出会った同世代の友人たち。その後起業してる人も多いです。

調子に乗って、次にトライしたのが、海外での仕事です。自分の知らない場所で自分の力を試してみたいなと思って、斡旋業者にタイのバンコクにあるITスタートアップ企業を紹介してもらい、大学2年生と3年生の間を休学して約1年間ほど修行することにしました。

その会社は、現・Flare創業メンバーの人たちが経営していた会社であり、毎日のように東南アジアの起業家や投資家が出入りするようなオフィスで、とても刺激的でした。

お菓子を売ることしかできなかった私は、ここで初めて組織で仕事することを学び、悔しさを噛み締めながら食らいつくようにPCのキーボードを叩きました。

アブログ社での合宿の様子

帰国してからは、タイにいたときに出会った留学系ベンチャー企業のアブログ社の社長の下で働きました。

社員数名ながら留学に関連する自社サービスを多数運営する会社で、ここでは留学メディア事業の記事の執筆や編集を経験しました。オフィスは投資家が運営するインキュベーションオフィスで、起業家たちが毎晩寝泊まりしながらコードを書いていて、起業家とはなんたるやを知ることができました。

初めての起業

ここまでの活動を通して、働き詰めの中でも仕事の楽しさを体感すると同時に、この楽しさを自分自身で生み出していきたいと思うようになりました。

大学に復学して、当時ライターだった自分が一番最初に始めたのが、名古屋近辺のベンチャー企業に特化したオンライン経済新聞「Nagoya Startup News」です。会ったこともない投資家の人が「絶対起業したほうがいい!」と電話で背中を叩いてくれたり、お金がない中で先輩起業家の人がオフィスを貸し出してくれたりしたこともあり、勢いで1社目の会社を始めることにしました。

Nagoya Startup Newsでの体験は、私が東海地域で商売をする上での土台をつくってくれました。インタビュー記事の執筆やメディアの収益化をしていく中で、ビジョンを持った素晴らしい起業家の人たちと一緒にお仕事させてもらうことができました。

お金の計算が下手すぎて、一時は法人口座の残高が3桁に突入したこともありますが(笑)、このときは、自分でとにかく手を動かして、現場でお客さんの成果にコミットできることがただただ嬉しかったのを覚えています。

名古屋・栄のマンションの1室をリノベーションした作業場。

大学を卒業してからは、デザインや動画の制作チームを持つ同世代のクリエイターたちとタッグを組んで、「mics」という名前のプロダクションをつくりました。

ここでは、マネージャーとして毎日のようにお客さんとクリエイターの間に立って、プロジェクトマネジメントの経験をたくさん積むことができました。micsで出会ったクリエイターたちとは、今でも良き仕事仲間となっています。

自分探しの旅へ

大学時代に働いた会社や初めての起業を通して、モノを売る経験、自分で手を動かす経験、チームで仕事をする経験を積むことができました。

が、働き始めてからちょうど6年目に差し掛かるタイミングで、自分はどこへ向かうべきなんだろうと思い始めました。今までは、ただ仕事が楽しくて仕事をしていたのに、向かう先がわからずに手が止まってしまったのです。

このときは何に対しても興味が持てない状態が半年くらい続き、人生で初めて仕事が苦痛だと感じました。中途半端に仕事してはいけないと思い、徐々に仕事を手放すことにしました。

そこからは、次のビジネスの種を探す旅に出ました。いま考えると笑ってしまいますが、「海にまつわる事業をしてみよう!名前がワカメダだし。」と本気で思って、海上で行うビジネスを調べるための旅に出たり、アジア各国で仕事をつくって旅するように働こうと思って、こっそりバックパッカーをやったりと、とにかく暇を見つけては外に出るようにしていきました。

創業前に行った旅での風景。

外に出たことで、仕事の楽しさを思い出すと同時に、今まで自分がやってきたことのスケールの小ささを知ることができました。すると次第に、「もっともっと、大きな山に登ってみよう」と思うようになりました。旅を終え、名古屋に戻ってきた頃には気持ちも元気になって、再びこの地で起業することを決意していました。

たどり着いたもの

最終的に、私がフォーカスしたのは、「新産業創出」という、東海地域の経済課題そのものです。これは、Nagoya Startup Newsでも何回も記事にし、何度もリサーチをしては現場で問いを投げかけられるテーマでもありました。

とても1企業、1起業家ではコミットすることのできない大きな市場課題ですが、私の今の力でできることはなんだろうと、毎晩毎晩ノートに書き続けました。そこでたどり着いたのが、「人材事業を軸に、令和時代の東海地域の新産業創出を加速させる。」というミッションであり、今の事業領域であり、今の東海エイチアール株式会社のサービスになります。

なぜなの?と、一歩踏み込んで質問したいくらいに興味を持ってくれた人は、ぜひアポイント取らせてください。

2019年7月8日に東海エイチアール株式会社を設立して以来、正直、まだまだ上手く行かないことのほうが多いです。市場に出てみると、自分たちがいかに小さい存在かを日々思い知らされ、謙虚な気持ちと闘争心が沸々と湧いてきます。

創業1年目ながら、新型ウイルスの世界的感染症拡大にも見舞われる事態にありますが、だからこそ私たちのミッションへのコミットが問われる状況だと考えています。ミッションを達成するまでどれだけの時間がかかるかは、正直、小童起業家の私にはわかりません。が、納得できるまで、何年何十年と会社を経営しようと思います。

大きい市場で戦いたい人、自分の力がどこまで市場で通用するか試したい人、東海地域でなにか始めたいと思っている人。そんな人は、ぜひ一緒に仕事させてください。すぐ会いに行きます。

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このブログを書いたスタッフ

若目田 大貴(わかめだ まさき)
1994年生まれ、栃木県出身。東海エイチアール株式会社 代表取締役。大学在学時にタイ・東京のスタートアップ企業でセールス・WEBマーケティングを担当し、プロダクトのグロースを経験。その原体験を活かし大学3年時に起業し、名古屋近辺のベンチャー企業に特化したオンライン経済新聞「Nagoya Startup News」を創刊、更にフリーランス型組織「mics」を結成し、採用支援・広報支援事業を中心にクライアント実績を重ねる。Nagoya Startup Newsで形成した企業ネットワークと、micsで得た約100人の若手スキル人材・事業主のネットワークを活かし、「人材事業を軸に、令和時代の東海地域の新産業創出を加速させる。」をミッションに2019年7月に東海エイチアール株式会社を設立・若手スキル人材・事業者活用サービス「TOKAI HR」をスタート。